権力は人をクソ野郎にする。映画『リチャード・ジュエル』の感想

【ネタバレあり】実話を元に作られた映画『リチャード・ジュエル』をNetflixで観た感想。評価、レビュー。

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醜い戦い

なかなか面白かったです。

視聴率を欲しがるマスコミ(テレビ)、スクープを狙いたい記者、手柄が欲しい警察(FBI)。そして、それらの被害者となってしまった30歳くらいのおっさん(リチャード)と、その母のお話。

リチャードは加害者じゃないのに、「英雄扱いされている第1発見者が実は犯人だったら面白いよね…」というストーリーを描きたい記者。

リチャードが加害者ではないと分かりきっているのに、彼にアリバイは確実にあるのに、手柄欲しさにリチャードを捕まえたがる警察。

結局、この映画は何だったんだろう?と考えると、「権力を持ってしまうとクソ野郎になってしまうよね」ということが伝えたかったんだと思います。弁護士の人もリチャードに似たようなことを言ってました。しかしその後、リチャードが権力に任せて横暴になってしまいました。

皮肉なことに、リチャードはさらに上の権力者たちに酷い扱いをされ…。

今よく考えると、シンプルな作品だったと思います。英雄が一転、容疑者に。そして、疑いが晴れても傷は残り続ける。

この映画の良いところは、英雄扱いされるリチャードの醜い部分もしっかり描かれているところでしょうか。明らかに良くない食生活を送っているであろう体型や、自分よりも下の立場の人間に対しての、権力に任せた横暴。

リチャード、警察、マスコミ、新聞社、関係している人間の醜い部分たちが、自分の正義をかけて汚く戦う感じ。

ただ、リチャードの母が、泣きながら会見を行うシーンで、誤報を飛ばした記者が涙を流したのはかなり意味が分からなかったです。改心したのでしょうか?

映画としては対立構造が分かりやすく、そして観やすかったです。エンドロールでクリント・イーストウッドが監督・製作をしていたことを知った時は、映画の出来になんだか妙に納得しました。